「人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス」
ジークムント・フロイト著
訳:中山元(なかやま げん)氏
光文社古典新訳文庫
「無意識」という言葉は日常生活の中で日常的に使われているいますが、フロイトが「無意識」を発見する以前は、人間は人間の理性と自律性を基盤として(あるいは、前提として)社会が成り立っていると考えていたのかもしれません。しかし、フロイトは、その基盤を破壊してしまったといっていいのでしょう。別のいい方をすれば、人間の新しい生き方を示唆してくれたのだろうと思います。
フロイトについては、多くの先覚が研究なさっておられて、多くの書物が発刊されていますので、いまさら私の如き浅学な輩が語ることは何もありませんが、この度、光文社古典新訳文庫から「人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス」が刊行されたことは僥倖といっても過言ではありません。中山元氏が読みやすく訳されているだけではなく、「戦争と死に関する時評」「喪とメランコリー」「心的な人格の解明」「不安と欲動の生」の章を加えることによって、章同士が補完し合い、本著というよりフロイトへの理解を深められる工夫溢れる構成になっています。是非ご一読をお勧め致します。
ところで、人間は1日生活しただけでも莫大な量の情報を小さな脳で処理しなければなりません。汎化という作用によって抽象化された記憶になって脳に保存されるらしいのですが、もし脳の中に無意識というアブゾーバというべきかブラックホールというべきか、よくわかりませんが、そういう領域があってこそ、脳での情報処理がダウンしないのかもしれません。これは、稚拙な推論ですから、どうか一笑に付してください。しかし、フロイトの「無意識」の発見がなければ、このような愚考も浮ばなかったわけですから、フロイトに衷心より敬意を表わしたいと思っております。
草壁丈二